新年、明けまして。 








確か、すべての始まりは昼休みの平助の一言からだった。 



「なぁ、千鶴!一緒に初詣に行こうぜ!」 



とても嬉しそうな様子で平助が大きな声を上げた。 
そんな平助の様子につられるように、千鶴も顔を綻ばせた。 



「いいよ!私も行きたいって思ってた」 
「よし!じゃあ、決まりだな!」 



普段、初詣には家族で行く。 


しかし、今年は両親が夫婦水いらずで、旅行へと出かける予定なのだ。 

兄である薫はどこにも行かずに家に居るのだろうが、もう高校生なのだから 
わざわざ許可を取らなくても平気だろう。 




心配性の薫には、普段から男の人には気をつけるように言われている。 
なぜ、男の人なのかはいまだに分からないが、薫には平助くんがいることを 
伝えれば大丈夫なはず。 





千鶴は小さく頷き、「みんなで行けば危なくないよね」と呟いたのだが…… 



平助がコンビニの袋をごそごそとあさり、大きなあんぱんを取り出す。 
それをすぐに食べ始めるのかと思ったが、平助はなかなか袋を開けない。 




不思議に思い、平助の顔をうかがうと…… 
何か言いたげな、それでいて困っているような表情とぶつかった。 



「……どうしたの?平助くん」 



千鶴も玉子焼きを口にしようとし、持ち上げた手を思わず止める。 
千鶴にじぃ、と見つめられ平助が小さく唸り、がしがしと頭を掻いた。 
眉をひそめたまま、 



「いや……さ、」 
「……何?」 
「……よかったら、でさ、いいんだけど」 


もごもごと口籠もり、視線をそらす。 


いつもは人の目を見て話す平助が目を反らす時は、何か言いたいことがある時。 




「なんつーか……」 
「平助くん?」 
「……剣道部のメンバーで、じゃなくて……千鶴と二人で行きたいなー…なんて」 




だんだんと声が小さくなり、平助がはっきりと顔を背ける。 
短い髪の毛からのぞいている耳が赤い。 




「……二人で?」 
「……嫌?」 



きょとん、と目を見開いて千鶴が聞き返すと、平助が顔を赤くしたまま 
泣きそうに目を細めた。 

いつも明るくて人一倍元気な平助のこんな顔はなかなか見られない。 




………私と二人で行って、平助くんは楽しいのかな……。 




昔から仲の良い剣道部のメンバーと一緒じゃなくていいのだろうか。 
そう考えざる負えないが……せっかく誘ってくれているのだ、断るのも悪い。 

それに、わざと剣道部メンバーと一緒に行かないと言うことはそれなりの理由が 
あるに違いない。 




私は平助くんと二人でもすごく楽しいしなぁ… 



「いいよ!平助く「それは千鶴が決めることじゃないぜ」 



突然響いた声が千鶴の返事を遮る。 
妙に色気ののったような馴染む声は。 

声がした教室の入り口付近を振り返ると、 

「原田さん!」 
「…げ……左之さん」 
「よう」 



千鶴が驚きを込めて名を呼んだのに対して、平助は実に嫌そうに顔を歪めた。 



そんな平助の態度に苦笑しながら二人の元へと歩み寄り…… 
千鶴の方を見て、己の唇に人差し指をす、と添えた。 

三日月型に緩められた口元に、十字に掛ける方向の指先。 



色男は何をしても様になる、というのは本当らしい。 
平助がそう重い、原田を睨んだ。 



「………『静かに』?」 


千鶴が小さく呟いて小首を傾げると、原田が満足そうに頷く。 



「そうだ。学校では『原田先生』、だろ?」 
「……あ……ごめんなさい、『原田先生』」 



原田をはじめ、剣道部の関係者はほとんどが昔からの馴染みだ。 
幼い頃から千鶴のそばにいた原田は、年が離れているせいもあって 
兄のような存在であり。 



つい、先生であるということを忘れてしまう。 




「気を付けろよ?千鶴」 
「はい…」 
「よし。……で、だ。平助」 



千鶴に言うべき事を言い終わると、原田が平助に向き直った。 
わずかに背中を屈め、千鶴から平助が見えないようにして、 



「お前、クラスが一緒だからってぬけがけするんじゃねぇよ」 



千鶴に聞こえないよう、わざと原田が声を潜める。 
意地悪そうに微笑む原田の顔を見、平助が盛大に顔をしかめた。 



「……ち、ちげぇよ……そ、そんなんじゃなくて…」 
「なんだ、俺に隠し事でもするつもりかよ?あいつと初詣に行きてぇって思ってんのは 
お前だけじゃねぇんだぜ?」 




したり顔で目を細める原田は、やはり男前。 
まぁ俺も予約をとりに来たんだけどな、と呟き、 




「千鶴。平助なんかやめて、俺と初詣に行かねぇか?」 
「ちょっ…!何言うんだよ左之さんっ」 



余裕綽々、という風に千鶴に笑いかける原田に対して、平助は大慌てだ。 



………平助からしてみれば非常に不愉快な話なのだが、原田と平助、どちらが 
男としての魅力があるかは……言われなくとも、平助に自覚はある。 



長身で、端正な顔つき、なにより『大人』の男である原田。 
ここの生徒をはじめ、女という女が一度は憧れるような男だろう。 



対し、平助はと言えば………決して不細工な訳では、いや、むしろ美形なほうなのでは 
あるのだが、いかんせん原田と比べてしまうと…… 
……負けている気がする。 



「原田先生……とですか?」 




誘われた事が意外なのだろう、千鶴がびっくりした様子で首を傾げる。 



「ああ。俺と行くのは……嫌か?」 

尋ねる原田に、千鶴が迷ったように平助をうかがう。 
平助が「二人で行きたい」と行ったことを気にしているのだろう。 



すぐには首を縦に振らない千鶴に、原田が少しだけ悲しそうに眉根を寄せて見せる。 
その原田の仕草に、千鶴がはっきりと目を見開く。 



素直でお人好しな千鶴のことだ。 
原田の細かい演技にきっと引っかかって…… 

「………じゃあ……三人…で、行きませんか?」 



……やっぱり。 



思い描いた通りにはならない現実に、平助が大きく肩を落とした。 




* 




一体何なのだろう。 
あれからことある事に初詣の話が飛び出した。 



『千鶴ちゃん、僕と初詣行こうよ』 
『……正月に予定が無ければで構わないのだが……』 
『おい千鶴。ちょっと来い』 




昼休みに颯爽と現れた原田の後、次の授業の休み時間に沖田、斎藤、 
千鶴本人のみの呼び出しだったので、会話の内容まではわからないが…… 
おそらく土方もだろう。 



そんな彼らに千鶴が返す返事は当然、 



「……では、皆さん一緒に行きませんか?」 




……俺が一番最初に誘ったのに……。 


内心そう毒づくが、それを千鶴本人に言うわけにもいかず…… 
平助の不満は溜まるばかりだった。 




正直なところ、この事態は予想出来ていたことなので今更どうこう言っても 
遅いのではあるが。 




「よう、平す…」 
「なんだよっ、もう!」 
「うおっ!?…………何苛々してんだ?」 



そんな状態であったから、つい、肩に置かれた手の主に噛みつくように 
怒鳴ってしまう。 



自分でも情けないやらやるせないやらで……。 
できれば、今は誰とも話したくない気分だ。 




「どうしたってんだ、平助?」 
「……どうせ新八っつぁんには分かんないって……」 



人が真剣に悩んでいるというのに、目の前の新八はというとまるで 
子供をあやすかのように笑って受け流している。 



見ていてとても気持ちの良い笑顔だと思うが、状況が状況なので 
そんな笑顔も腹立たしい。 



「……笑うなよ……」 
「あ、悪い悪い。……しっかし……平助がそんだけ苛ついてるってことは… 
もしかして、千鶴ちゃん絡みか?」 



………こういう時だけ新八っつぁんは鋭い。 




内心、感心していたのと驚いているのが顔に出てしまっていたのだろう。 
確かめるように平助に尋ねた新八が、除々に嬉しそうに顔を緩める。 



「おっ、当たりか?」 
「………あ、当たってるけどさぁ……」 




平助が悩んでいたら千鶴絡み、と決めつけられるのが納得いかない。 


俺はそんな単純な生き物ではないし、ましてや脳みそまで筋肉が詰まっていそうな 
新八っつぁんには言われたくない。 




その言い方ではまるで、平助が千鶴のことしか考えていないように 
聞こえるではないか。 



………まぁ、あながち嘘では無いと思うけど…。 



平助が言葉に詰まって口ごもっていると、新八が辺りをきょろきょろと 
しきりに見回して居るのが目に入った。 
誰か、人を捜しているような。 




「……それでだ、平助」 
「……何だよ?」 


平助のすこぶる不機嫌そうな様子を気にも止めず、 



「千鶴ちゃんはどこにいんだ?」 



にかっ、と実に彼らしい笑みを浮かべた。 



「……っ!まさか新八っつぁんも?!」 
「ん?何のことだ?」 



目を大きく見開き、平助が新八を凝視する。 
そんな平助の心境に気付く様子もなく、新八はさわやかに再び笑みを深め、 




「いや、千鶴ちゃんを初詣に誘ってみようかなと思ってよ」 



やはりというか、何というか。 
千鶴と二人きりで初詣に行く、という平助の計画が完全に音を立てて崩れ去った。 





** 




待ち合わせ時間は1月1日の朝6時。 
一番神社が混む時間帯ではあるが、せっかくだからということで朝早く集合する 
ことになった。 
まだ冬のうちの朝は辛いものがある。日が昇りきっていない暗さもそうだが、底 
冷えする気温の低さもだ。 




「あー…さむ…」 




身につけた腕時計をちらりと見ると、午前5時45分。 
まだ定刻まで時間がある。 


待ち合わせ場所の神社の鳥居の前にはいまだ平助しかいない。 
少しでも暖かいように、と着込んでいた黒のダウンジャケットに顔を埋める。 




まめな斎藤あたりならそろそろ来てもおかしくないのだが。 
だんだんと人通りが増えてきた。やはり皆考えることは一緒なのだろう、あちこちで 
待ち合わせをしている団体が見える。 



上がる気配のない寒さに平助が身をちぢ込ませた。 

「………だね、…」 
「そんなこと…………」 
「いやいや!……」 




ふと、声が聞こえた。 



聞き慣れた、いや、聞き飽きた声がどんどん近づいてくる。 



人ごみではっきりとは確認できないが、あの立ち姿は。 



「に、しても平助遅いね」 
「………ったく、どこほっつき歩いてんだか」 




モデルのように顔の整った男二人はとても目立つ。 
すらりとした長身に、片方は人好きするような笑顔を浮かべ、もう片方は難しそうに目を細めている。 
沖田と土方だ。 




二人が平助を捜していることに気付き、声をかけようとしたが……… 
なんだ?……このなんとも言えない違和感。 



沖田がにこにことしながらまわりを見渡している。 


見渡しているのだが、あの態度は本気で平助を捜す気がないようにしか見えない。 
その隣に立つ土方も口では文句を言っているが…… 
顔には余裕のある笑みを浮かべている。 





不思議な光景を何もいわずに平助が眺めていると、彷徨っていた土方の視線がこ 
ちらを定めた。 



「お、いやがった」 
「あ、平助」 



二人の態度の違和感の正体がわからないまま、声をかけられる。 

「捜したよ、平助」 



沖田がやはりにこやかにそう言うが、平助は待ち合わせ場所で待っていた 
立場なので捜される必要はない。 
……はずなのだが。 



「さ、捜されたのか?…俺が?」 
「うん」 




さも当たり前のように沖田に頷かれては、そうなのかもしれないと納得してしまい 
そうになる。 
ひょっとして、待ち合わせ場所を間違えたのかもしれない。 



「……総司、それでは平助に非があるように聞こえるだろう」 




訳が分からずに、困惑する平助に落ち着いた声がかけられた。 
声のしたほうに目を向けると、 




「一君…」 
「……待ち合わせ場所は神社の鳥居の前、で間違っていない」 




斎藤が大きくため息をついた後、沖田を睨みながら平助に告げる。 
睨まれている沖田はまったく気にしていない様子で、顔を崩さない。 





よくよく見ると、土方、沖田の後ろには斎藤、原田、永倉がそろっていた。 
どうやら、平助だけが欠けていたようだ。 




「じゃあ……なんでみんなそろってんの…?」 
「………」 




唯一まともに説明をしてくれそうな斎藤に聞き返す。 
しかし、そんな平助の期待とは裏腹に、斎藤は黙り込む。 




………斎藤が黙り込むということはどういうことなのだろうか。 
よほど、言いにくい理由がある……とか? 




「本当は僕だけのつもりだったんだけどね」 




完全に口ごもってしまった斎藤の代わりに、沖田が答える。 
そういう沖田は非常に残念そうな顔をして話す。 




「家まで千鶴ちゃんを迎えに行ってたんだ」 
「……はぁ?」 



予想だにしなかった返答に思わず声を上げてしまう。 
ね、と沖田が斎藤にアイコンタクトをし、斎藤は実に申し訳なさそうに 
「……すまない」と平助に謝った。 



「……千鶴を迎えにいくって反則だろ」 
「………」 
「昨日『千鶴のお迎えは無し』って決めたの総司じゃんか!」 
「そうだったっけ」 




12月31日。 
つまり昨日の晩に、沖田から剣道部メンバーに連絡が回った。 
内容は、 
『千鶴を家まで迎えにいくという抜け駆けはなし』 
という物だったはずなのだが…… 





「回した本人が抜け駆けってせこいだろ!」 
「………」 




平助の文句にも沖田はけろり、としている。 
受け流しているというか、実際聞いているかも怪しい。 




しかも…… 
このメンバーがそろっているということは…… 




「………全員抜け駆けするつもりだったのかよ!?」 
「「「「「…………」」」」」 

平助の信じらんねぇ!という悲痛な叫びに、自分だけ美味しい思いをしようと 
した男たちは白地らしく目を反らした。 

その中でも斎藤は律儀にも申し訳なさそうにしているが……… 
その他の奴らは反省の色などまったく、無い。 



平助が不公平な事態に更に文句を重ねようとした時。 



「あ、あの………」 

遠慮がちに高い声が聞こえた。 
その声が耳に届いた途端、平助が開きかけた口を閉じる。 



ばっ、と辺りを勢いよく見回し…… 
永倉からおどおどと出てきた、期待通りの姿を見つけて思わず目を見開いた。 




「ごめんね……平助くん」 



……そういえば、土方さんたちが千鶴を迎えに行ったということは。 
千鶴がこの場にいてもおかしくない、ということで。 




「……い、いや……千鶴が謝ることじゃないし…」 




思わず口ごもりながら、ちらり、と千鶴を見る。 





桃色の花びらが舞い踊っている。 
金色の刺繍のほどこしも、決して派手すぎずに品良く桜に馴染んでおり。 
その様はまるで、静かに佇む夜桜のよう。 


彼女は桃色が最も似合う、と思っていたが、 
目の覚めるような赤も用意されていたように、ひどく千鶴に落ち着いていた。 





髪に挿された簪は動くたびにちらちら、と細かいかざりが揺れる。 
黒く、瑞々しい千鶴の髪に、これもまた花を添えていた。 




いつも見ているはずの彼女が、とても眩しく見える。 





………やべ……めちゃくちゃ可愛い。 





どうしても千鶴の顔を見られずに、千鶴の纏っている振り袖を凝視してしまう。 
模様の隅々まで一寸違わず覚えてしまいそうだ。 





「……それに……時間は遅れてないし……別にいいよ」 




本当は土方達には言いたいことがまだまだあるのだが、千鶴に謝られては 
何も言えなくなってしまう。 


それに千鶴は何故平助が土方達に怒っているのか分かっていないのだろう。 
そう思い、平助は渋々閉口した。 




口ではもういいと言っているが、態度で納得していないことがすぐに分かる 
平助に、千鶴は何かを言おうとして、口を閉じた。 






*** 



「………しっかし、当たり前だが人多いな…」 




原田が呟く。 

鳥居をくぐり、参拝しようと既に長蛇の列に並ぶ。 
鳥居の前で時間を取ったのがまずかったのだろう、人の行列を見る限り 
順番が回ってくるまでにしばらくかかりそうだ。 




「千鶴ちゃん、はい」 




さりげなく千鶴の隣を陣取っていた沖田が、千鶴に何かを差し出す。 

長い時間、何もせずに順番が来るのを待たなければならない。 
それを見越してだろう、赤い林檎飴。 


そういえば、神社に入る前に出店が多く出ていたことを思い出す。 
いつの間に買っていたのだろう。 

「わぁ……!ありがとうございます!」 



甘い物好きな千鶴は、真っ赤な林檎飴を見、歓喜の声を上げる。 
嬉しそうにお礼を言う千鶴に、沖田も満足そうに微笑む。 



「千鶴ちゃんって本当、甘い物好きだよね」 
「はい!大好きです」 



ほわ、と明るく微笑む千鶴は実に愛らしく。 

その微笑みに沖田が軽く目を見開いた。 
が、すぐにまた人当たりの良さそうな笑顔を浮かべる。 




「………本当、食べちゃいたい」 
「え?」 



沖田の瞳が一瞬、危ない光を帯びるが千鶴は気づかない。 
それどころか、なんとも可愛らしく小首を傾げる。 



「………ううん、なんでもない」 
「……?」 
「千鶴ちゃん……すっごく、甘くて美味しいんだろうね」 



沖田の言葉を聞き、千鶴の動きがぴた、と止まる。 
林檎飴から目を離し……沖田をしげしげと見つめ…… 



「………林檎飴欲しいんですか?」 


やっぱり、千鶴は気がつかない。 



………まぁ、今はまだ、許してあげる。 
沖田は優しく、微笑んだ。 





**** 







「……お、もうすぐか」 



土方がそう呟き、後ろにいる斎藤たちにも伝える。 




あれから待ち続けて30分ほどした後。 
土方達の順番が来るまで、あと2、3人というところまで迫っていた。 
実際は、目の前に居るのは仲むつまじく寄り添うカップルが2組ではあるが。 




………こういうカップルを見ていると、なんとも言えない気持ちになってしまう。 




土方自身、決して女性に人気が無いわけではない。 
むしろ、慕われることの方がかなり多い。 


土方さえその気になれば、恋人などすぐにでも手に入れることが出来る。 

……その気になれば、だが。 





ふと、土方の二歩分ほど後ろにいる千鶴を見る。 

綺麗に着飾った千鶴は、その手に赤い林檎飴を持っており。 



「……千鶴、それどうしたんだ?」 




突然声をかけられた千鶴が「え」と言いながら土方を見つめ返す。 
やがて、土方の視線が自分の持っている林檎飴に注がれていると気づき、 



「沖田さんにもらったんです」 

と、微笑んだ。 





そうか、と頷き微笑み返す。 
そして、千鶴の隣に立っていた沖田に視線を移す。 


学校でも土方にあからさまに反抗する沖田は、土方の視線に気付くと… 
……実に、嫌みっぽく微笑んだ。 




…………なんでこいつは俺に反抗すんのか……わかんねぇ。 






いつもなら、気の長い方ではない俺は総司に文句の一つや二つをくれてやるのだが、 
どうも、今日はそんな気にはならなかった。 




正月、ということで少々気が穏やかになっているのかもしれない。 



……学校では散々怒鳴り散らしているのだ、せっかくの休みくらい、 
静かに過ごしたい。 
そうは思いつつも、結果としてこの面子で初詣に来ているのだから、 
自分でも笑ってしまう。 




何とも言えない気分になり、煙草を吸おうとジャンパーの胸ポケットから 
箱を取り出す。 
が、千鶴が煙草を嫌うのを思いだし、再び閉まった。 








***** 






いざ、参拝する順番が来ると、何を願うべきか悩んでしまう。 




二礼、二拍手、一礼。 
手順を改めて頭の中に思い浮かべる。 

ふと、隣を見ると、何やら千鶴が落ち着かない様子で周りを見渡している。 
何を慌てているのか、と思い……ああ、と思い当たる。 




「………二礼、二拍手、一礼だ」 
「あ、ありがとうございます」 




先に行動を示してやると、ぎこちないながらも千鶴もそれに従う。 



初詣に訪れる人は、まだまだ減る気配がなく、 
現に手を合わせている斎藤と千鶴の後ろにも、多くの人が列を作っていた。 




迷惑にならないよう、手早く参拝を終わらせる。 
どうしていいかわからずにおろおろとしている千鶴の肩を引き寄せ、 
人混みの横へとよけた。 




「………あ、…ありがとうございます……」 
「……いや、構わない」 




恥ずかしそうに千鶴が頬を朱に染めるが、千鶴の顔を見ていない斎藤には 
そんなことは分からない。 




周りを見渡し、一緒にいた土方達を見つける。 
そこに近づかなければ、はぐれてしまうかもしれない。 


はぐれてしまえば、土方に間違いなく迷惑をかけてしまう。 
それは避けなければならない。 




そのままの姿勢で前へと進もうとするが……… 
進めない。 



斎藤の肩くらいの高さにある、千鶴の顔を見、 




「………千鶴?」 
「……あの、すいません、はなおが………壊れてしまって………」 




そう言われ、千鶴の足元を見ると。 
確かに、黒く足を押さえるはなおが取れてしまっている。 




実際に千鶴がうごけないでいるように、このままでは歩けないのだろう。 
素早く辺りを見回し、人だかりのできていない場所を探す。 

すぐに、誰もいない階段の一角を見つけることができた。 





「千鶴……来い」 



ついてくる、といっても自由に身動きのとれない千鶴を斎藤が支えて移動する。 



………はた目からみると、斎藤が千鶴を抱き込んでいるように見えなくもない。 



少しの距離をそんな体勢のまま、歩いて千鶴が階段へと腰掛ける。 





「すみません……斎藤さん」 
「…謝ることではないだろう」 

申し訳なさそうに顔を伏せる千鶴の前に斎藤がしゃがみこむ。 


何をするのか、斎藤の行動を千鶴が見守る。 
千鶴が斎藤を見つめていると、斎藤が困ったように視線を反らした。 




「……千鶴」 
「……はい?」 
「……下駄を見せてもらえないと修理ができないのだが」 





そういいながらも、千鶴と目を合わせない斎藤の頬がわずかに赤く染まっている。 
斎藤に静かに諭され、千鶴が慌てて下駄を脱ぎ、斎藤に手渡す。 





「ご、ごめんなさい……気が回らなかったです…」 
「いや……気にするな」 





千鶴から下駄を受け取り、器用にもはなおを繋いでいく。 

もともとそんなに古い下駄ではないので、斎藤の手によって意図も簡単に修理されてしまう。 
再び履けるようになるまで5分とかからなかった。 





「ありがとうございます、斎藤さん!」 
「……いや、気にするな」 



****** 





千鶴がほっとして、お礼を言うと斎藤もわずかに口元を緩めて微笑んだ。 




「あれ、千鶴ちゃんと一君は?」 




いつのまにか二人がいなくなっていた事に沖田が目を見開く。 
人混みに流されずに、傍にいるものだと思い込んでいた。 
気付いたのは沖田だけではなく、 




「……そういえば……いねぇな」 



土方も幾分驚いた様子で辺りを見回した。 




「千鶴ちゃんと二人ではぐれる……一君、まさか千鶴に何かするわけじゃないよね?」 
「……総司、お前と斎藤を一緒にするなよ」 
「何それ。左之さんだって千鶴ちゃんと二人きりになれば何するかわかったものじゃないでしょ」 
「………俺はそんな見境のない男じゃないぜ」 
「そうなの?」 
「おまえなぁ………」 




原田が何か言いたげに口を開くが、視界である光景を捉え、お、と声を漏らした。 




「あれ………斎藤と千鶴じゃねぇか?」 
「あ……ほんとだ」 




原田が指差した方向を見て平助が頷く。 
間違いない。 


あの赤い振り袖と全身真っ黒の男を見間違えるはずがない。 




どうやらこちらからは確認し難いが、千鶴は階段に腰掛けているようだ。 
そして、斎藤がなにやら千鶴の前にしゃがみこんで話し掛けている。 

わざと千鶴を見ないように反らした斎藤の顔が………赤くなっている気が………する。 







「……面白くないな」 
「……へぇ、珍しく気があったな、総司」 
「土方さんと気があっても嬉しくないんだけどな………でもまぁ」 



沖田が土方に意味ありげに深い笑みを向ける。 




「『先生』じゃない土方さんとの彼女の取り合いもなかなか楽しいかもしれない」 
「言うじゃねぇか………上等だ」 



土方も沖田に負けぬ、裏のありそうな笑みを顔に浮かべた。 



「おいおい、ちょっと待てって。………俺も仲間に入れてくれたっていいんじゃねぇのか?」 
「左之の言うとおりだぜ。俺らだって今日は『先生』じゃねぇんだからよ!」 
「左之さんと新八っつぁんはともかく…………だいたい今日の初詣だって、俺が 
最初に千鶴誘ったんだって!」 



原田と平助、永倉が楽しそうに土方達の会話に入り込む。 




要するに。 
誰一人、大人しく千鶴を譲る気なんかないということで。 




「………今年も気が抜けねぇな」 




土方が挑戦的に微笑んだ。 









Fin..... 


はい、というわけで年賀企画ssです^^ 

こちらのssは作るのに本当に時間がかかりました…… 
よく頑張ったよ、自分。 





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