ほろ酔い日和 







以前、巡察で千鶴を連れて歩いたときに約束をした。



にぎやかな京の町を歩いていると、千鶴の羨望の視線にもふと気がつくものなのだ。
千鶴本人に気取られぬよう、視線の先を辿ると、娘が居た。



若く、大人びた町娘。
千鶴と同じぐらいの年頃の娘だろう。

取り立てるほどのものではないが、美しい着物を纏い、幸せそうな笑みを浮かべている。
その娘の隣には気のよさそうな青年が連れ添っている。



すれ違い、角を曲がって見えなくなるまで千鶴はその娘に目を奪われていた。
無意識になのだろうが……




「千鶴」
「………、はい!」



話しかけると、短い沈黙のあと……話しかけられた、ということに気付いて
大きく千鶴が返事をした。



そして、約束をした。




その時、千鶴は俺の言葉を聞いて顔を嬉しそうに綻ばせた。
近いうちに叶えてやらねばな、と思い、思わず俺自身も頬が緩んだ。






それがつい、先日の話。





今日の空はとても青く、清々しい。
上へ上へと抜けるような空。
絶好の出かけ日和というものだろう。



そんな中、斎藤は先程から屯所内を歩き回っていた。



すれ違う幹部に、一体どうしたんだ?とも言いたげな視線を向けられながらも
斎藤は足を止めない。




足早に広間へとたどり着き、中を窺う。
が、……ここにもいない。



そこに居ることを期待した少女の姿はなく、広間は静かだ。


斎藤は小さく息を吐くと、再び、身を翻した。





無意識に千鶴を捜す足が速まってしまう。
作り自体は単純とはいえ、何しろ部屋数の多い屯所内で人捜しは一苦労だ。
予想通り、なかなか見つからない。



本日、非番である斎藤にとってはそう急ぐことではないが、早く千鶴を
見つけることに越したことはない。





中庭へと続く廊下をふと、曲がると。
春の心地よい緑が漂う中に捜していた少女の姿があった。
高く結わえた黒髪が風にゆらゆらと揺れている。



この距離ならば、声をかければ千鶴も気がつくだろう。



「ちづ「千鶴ちゃんっ」
「きゃあっ!?」




斎藤の静かな声は、いきなり千鶴に抱きついた人物によってかき消されてしまう。



「ちょ、お、沖田さん?!」
「ん――……ねぇ、千鶴ちゃん、暇?」




慌てふためく千鶴に対して、満足そうに微笑む沖田が問う。
男の中でも目立つ、長身の沖田が千鶴を抱きしめると、覆い被さるような形に
なってしまう。



「ひ、暇じゃないですっ」
「そう?まぁ、どっちでもいいや。僕は暇だから千鶴ちゃんと遊んであげる」
「……遠慮しておきます…!」




顔を赤らめ、恥じらう千鶴に構わず、沖田がすり寄る。
喉を鳴らしながら満面の笑みで抱きつく沖田は、まるで猫のようだ。




………あの猫のような男のせいで、千鶴に声をかけ損ねた訳なのだが。



どうにも今、話しかける気にならない。
無表情のまま、斎藤はその場を離れようと、踵を返した……が。




「……あれ?どうしたの、一君。」
「……え、斎藤さん?」




背後から戯けたような声が聞こえる。
斎藤が立ち去ろうとしているのに気付いて、わざと沖田が声をかける。

おそらく、最初から斎藤がいたことに気付いていたのだろう。




……いや、もともと斎藤への当てつけのつもりで千鶴に抱きついたのかもしれない。





……俺の予想は外れていなかったようだ。
見せつけるように千鶴を抱きしめてこちらを見ている。
その沖田の目にははっきりと愉快の色が見える。




「………なんだ」
「なんだ、じゃなくてさ。
そうじゃなくて、一君が千鶴ちゃんに用があるんでしょ?」




……分かっていてわざと聞くところがいやらしい。




沖田が斎藤を呼びつけるまで斎藤の存在に気付いていなかった千鶴が
目をぱちぱちと瞬かせる。




「私にですか……?」
「そうそう、一君が用があるみたいだよ」
「?…なんでしょう、斎藤さん」




真摯な瞳で斎藤を見つめる千鶴に、おもしろそうに沖田が微笑む。





その光景に、何故か不快感を覚える。
沖田がこの状況の手玉をとっているようで。




「………何でもない」



何故か、ひどくおもしろくない。










艶やかな衣を纏った女達が色めく、島原。
男としてこの世に生を受けた以上、色町であるその場所に足を運ぶのは
致し方ないことだろう。



今宵、壬生の狼と呼ばれ、恐れられる男達もそこに集っていた。




「かーっ!やっぱ高い酒は違うなぁ!」
「おい、平助。一人で呑むんじゃねぇよ、こっちにも回せ」
「こんな美味い酒、新八っつぁんなんかに回したくないなー」
「なんだと……言うようになったじゃねぇか、平助!」
「ちょっ!………こぼしたらどうすんのさっ」
「お前ら、暴れるんじゃねぇ!」




どこか浮き立ったように平助と新八が酒の取り合いを始めた。
既に酔いの回っている二人には、怒鳴る土方の声も届かないようだ。

尚も酒の取り合いで、どたどたと走り回る様子に土方が大きくため息をついた。



「まぁ、許してやってもいいんじゃねぇの?折角の宴会なんだ」



そのため息をめざとく見つけた原田が、ゆったりと微笑みながら言う。

先程からおちょこでちびちびとしか酒を口にしていないように見える原田も、
瞳の色がとろん、と緩んでいる。




普段、闇の京をかけずり回っている彼らの、つかの間の、和やかな休息。
それを思う存分楽しまなければ、宴会の意味がない。




「……しょうがねぇな」


ぞんざいな口調とは裏腹に、口元に笑みを浮かべながら土方が座り直す。


今夜くらいなら、許してやってもいいか。



そう思い直し、一息をついた時、ふと思う。



「おい、左之助」
「ん?なんだ?」
「………斎藤はどこにいったんだ」
「……そういやぁ、いねぇなぁ」



あまり酒に執着の無い斎藤といえど、この場に居ないことは不自然だ。



「……総司」
「なんですか?」



多少土方達から離れた所で一人、黙々と酒を飲み下していた沖田に声をかける。




「斎藤はどこに行ったんだ?」
「……知らないですよ、別に一君の行動を把握しているわけじゃないし」



沖田が土方をあざ笑うかのように、頬を緩める。
そう言われれば、確かにその通りである。

言うまでもないが沖田は斎藤の保護者ではない。




………ただ、なぜそうも胸くそ悪い笑い方をするのか。
土方に対する挑発としかとれないその微笑みに思わず怒鳴り返しそうになる。
が、なんとか土方は耐えた。




「………そうか」



土方がいつもと違い、身を引いたのが意外だったのか、へぇ、と沖田が軽く
目を見開いた。
そして、自分自身で酌をしながら、



「まぁ、だいたい予想はついてますけど」
「………どういう意味だ?」
「昼間会った時に、何か言いたそうだったし」




飽きた、と言わんばかりに沖田はもう土方と目を合わせようとしない。
土方としても、独り言のように言葉を重ねられ、話が見えないが尋ね返しても
答えは返ってこないのだろうと分かっていた。




ただ、沖田はにこにこと薄い笑みを浮かべ、遠くを見つめていた。














Fin.....




続くんだぜ!^^←

そんなに長くする予定はないんですけどあららららr
まぁ、どうなるかは神のみぞ知る






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