ほろ酔い日和(二) 










昼間にすっきりと晴れていた空は、今は暗く沈んだ闇の中となっていても星を
瞬かせており、とても美しい。




さわさわとわずかに髪を揺らす程度の風が、頬を撫でていく。




気持ちが良くて、思わず縁側に座り込んだ千鶴は両足をふらふらと遊ばせていた。



「はぁ……」



もう何度目だろうか、千鶴が小さくため息をつく。




他人に弱いところを見せまいとする千鶴にとって、誰もいないこの縁側は
この場で唯一、息のつける場所であった。




………どうも、色町の雰囲気に慣れない。




男装をしているとはいえ、千鶴もれっきとした女、である。
決して悪いことをしている訳ではないと、頭では分かっていても、女性が
自身を売る様をどうしても直視出来ないのだ。




ここに入る際、新選組の来訪に寄ってきた遊女たちを土方が追い払っていたから、
今夜は酒目当ての宴会なのだろうが。



もしかしたら、性別を隠している千鶴を気遣っての行動なのかもしれない。






気は進まないが、いつまでもこの縁側に座っていては誰かが来てしまう。
そう思い、脱いだ足袋をもう一度はき直す。





部屋へ戻ろうと膝を立て、立ち上がろうとした時。





「きゃぁっ?!」



何か重たい物が背中にのしかかる。
いきなりの衝撃に支えきれず、思わず前に倒れ込んでしまう。




近くにあった大きな柱にしがみつくことで
縁側の通路から落ちて、中庭に飛び込むのだけはなんとか防げた。



と、言ってもうつ伏せの格好で寝そべる格好になってしまっている。



背中に覆い被さった物を退かそうと身じろきするが、千鶴の力ではどうにも動かす
ことができない。



「何……?!」


もしかすると、敵襲……?!

本当にそうだとしたら、笑えない。





最悪の事態が、頭をよぎる。



一人では自分自身の身さえ守れない千鶴が捕らえられては、本当に新選組の足手まとい
にしかならない。
それだけは、なんとしてでも避けたかった。






歯を食いしばり、内心、突然の事態に困惑しながらも、せめて何が上に覆い被さっているのかを確認しようと試みる。
うまく身動きが取れ無いながらも、必死に身体を捻ると……







「………さい、とう……さん……?」




千鶴の上にのしかかるように体重を任せていたのは、新選組幹部、斎藤一……ではないか。




思いも寄らない人物の登場に、千鶴が言葉を失う。
いつも悪ふざけで飛びかかってくる沖田あたりならまだしも、斎藤だとはまったく
想像ができなかったのだ。




「さ、斎藤さん……?どうされたんですか…?」




すっかり呆気にとられた様子の千鶴が、おどおどと斎藤に尋ねる。
無理な姿勢ながらも、斎藤が顔を上げると視線がぶつかった。




いつも鋭く細められている斎藤の瞳が、わずかではあるが、潤んでいる。
熱を帯びたような表情は、……




見たこともない、斎藤の表情に千鶴が思わず目を見開いた。
いつもと違う、と言うことを意識してみると、さらに目につくところがある。





わずかに……だが、斎藤の目元が赤い。


羞恥の念からくるようなものではなくて……もっと、身体の芯から熱を帯びているような赤み。
加えて強いお酒の香りが千鶴の鼻をついた。




「………斎藤さん、ひょっとして酔ってらっしゃいますか?」
「………。」




本人に確認するまでもなく酒に酔っているのは明白なのだが、斎藤は返事をしない。





いままで何度も幹部連が酒を飲み下す所を見てきたが………
千鶴の記憶の中の斎藤は、いつだって涼しい顔で酒を口にしていた。




永倉や原田が大量に酒を浴びるときでさえも、抑え役として斎藤が居残り酒に付き合う
ことがあったはず。

そういう態度をみるかぎり、本人から直接聞いたことこそないが、よほど酒に強いの
だろう。




そんな斎藤が………酔いつぶれている。




普段の斎藤から考えれば、やけ酒をするような男にも見えないのだが……




と、覆い被さるように、千鶴に体重を預けていた斎藤が不意に身動いだ。
必然と押し倒されるような形になってしまい……



………よく考えると、ものすごく恥ずかしい。




「っ、斎藤さんっ」




力の完全に抜けた人間は重い。
それが男で、支えるのが女ならば尚のことだ。
斎藤と床の間から抜け出そうとするが、当然の如くに……びくともしない。





すっかり慌てきった様子で、千鶴が再度呼びかける。




「斎藤さんっ!」
「………ぐ」




千鶴の声が耳に届いたのだろうか、斎藤が短く唸る。
相変わらず、強い酒の香りが辺りから消えない。




「あのっ……離して下さい…っ」
「……俺は」





斎藤がやっと口を開く。
発されたその声は、いつもと変わらず落ち着いたものであるが、わずかに掠れていた。
ゆっくりと斎藤が千鶴に視線を落とす。



「……俺は」



再び言葉を切り、斎藤が黙り込む。



どういったものか、悩んでいるかのように視線をさまよわせ……
千鶴の顔の横に突き立てた手のひらが握り込まれた。





「……以前……約束をしただろう。………お前は……忘れたのか」
「約……束……ですか?」




すがるような目つきで斎藤が千鶴を見つめる。
その瞳の奥に、なんともいえない寂しさが浮かんでいるように見え…




正直、身に覚えの無いことを言われ、千鶴が眉をひそめる。
滅多に千鶴を問いつめるなどということをしない斎藤が、ここまで不安そうに
尋ねるのだ。



……きっと、それほどの理由があるはず、なのだ。





困惑しきる千鶴の表情を見、斎藤がばつが悪そうに目を細める。


既に問うてしまった自分の行動を、後悔したような、そんな顔。



一瞬、間があったあと、斎藤が千鶴の上から身を引いた。

千鶴に降りかかった時より、幾ばくかしっかりした足取りで立ち上がる。
それでも顔には酒の気配がはっきりと残っている。





「…もう、いい」



そう短く切る斎藤は、どことなく寂しそうで。



「……斎藤さん…?」

「……お前が忘れたというのなら、いい」




拗ねたようにそっぽを向いて、斎藤は千鶴を寄せ付けようとしない。
千鶴からしてみれば、全く身に覚えのない事を言われて、気を損ねられている
訳なのだから、どうしていいか分からない。




二人の間に沈黙が流れる。




どういっていいものか分からずに、千鶴が目を泳がせる。
当の斎藤も、そんな千鶴の反応に気付いていながらもあえて口を開こうとしない。





普段の斎藤ならば、ここで意地などはったりなどしない。
それから見るに、よほど酔いが回っているのだろう。




「……ごめんなさい」




素直に千鶴が頭を下げる。


斎藤の話が本当ならば、『約束』を忘れてしまっている千鶴に非がある。
そう思い、謝ったのだが……




「いや、いい……謝るな」




そう斎藤は一言だけ、言い残すと、幹部達のそろっている大部屋へと
戻っていった。




遠くへと遠ざかっていく斎藤は、ふらふらとおぼつかない足取りだったが
その背中を追いかける事が出来ず……




千鶴はその場で立ちつくすばかりだった。












Fin.....



まだ続くのかー
笑


もう自分でもどこまでいくかわかんないんだよね←^^






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