振り袖、春 










「振り袖、着てきてよ。それで二人で初詣行こうね」 





そう言われたから。 
恥ずかしかったけれど、早起きして、慣れない化粧までして。 
覚悟を決めて振り袖を身につけたのに。 




元旦当日、私の家に迎えに来てくれた沖田先輩は、私を見て微動だにしない。 
いつもにこやかに細められている目が軽く見開かれ、口がぽかんと開けられている。 



「あ、あの……変、でしょうか…」 



じっと見つめられ、居心地の悪さに思わず身動く。 


……振り袖なんて、着なければ良かったのかもしれない。 
やはり、似合わないのだろうか。 




まだ、ほんの小さな子供だったころに一度身につけた以来、一度も振り袖など 
触れても居なかった。 


勿論、着物を身につけた際の作法や居住まいなど分かるはずもなく。 

……正直、着こなせるとは最初から思っていなかった。 
それでも、沖田先輩が見たいって言ってくれたから。 






「………やっぱり、着替えてきます…」 




いつまでも反応を見せない沖田に千鶴がしゅんと肩を落とし、 
再び家の中に戻ろうとした時。 





「………やっぱり、やめよう」 
「……え?」 




やっと口を開いた沖田の言葉の意味を理解できずに千鶴が固まる。 




「初詣。行くのやめよう」 
「………ど、どうしてですか……?」 





突然の沖田からの宣告に大きく胸が跳ねる。 
どういう意味なのだろう。 


元旦当日の朝、二人で近くの神社に初詣に行こうという計画はかなり前から 
立ててあったものだ。 


それをいまになって取り消しにしようというのは…… 



………言葉のとおり、初詣に行きたくない、という意味なのなら 
……とても悲しい。 





だって、私は沖田先輩と出かける事をすごく楽しみにしていたから。 







もしかしたら、そう思っていたのも私の方だけなのかもしれない。 






「……あ、勘違いしないでね」 
「………え」 
「千鶴ちゃんが想像してる意味じゃないよ」 



いつの間にか目を潤ませていた千鶴を見て、考えを悟ったのだろう、 
沖田が困ったような笑みを浮かべる。 





「……じゃあ、どういう…」 
「千鶴ちゃん、本当に可愛い」 
「……え?」 



突然の話の変わりように千鶴が大きく目を見開く。 
驚きを隠せないを見つめつつ、 

「……うん、可愛すぎる」 
「………」 
「だからさ、初詣行くのやめよう。ほかの男に見せるのなんてもったいない」 





そう早口に言うと千鶴の手を取り、指先に軽く口付ける。 
寄せられた柔らかく湿ったものの感触に、千鶴の顔が一気に熱を帯びる。 





「お、沖田先輩……!」 



真っ赤になって顔を伏せる千鶴を見て、沖田が満足そうに微笑む。 
その笑みは、いつも通りに意地悪そうで。 




「……じゃ、行こうか」 
「……どこにですか…?」 




初詣には行かない、と先程沖田が言ったはずだ。 
神社に行かないと言うのならば、いまさらどこに行くというのだろうか。 



「……僕の家だよ」 
「……何でですか?」 




頭に浮かんだ素朴な質問として沖田に尋ねたのだが、沖田はにこにこと 
笑みを深めるばかりで、千鶴の質問に答える気配がない。 






いつまでも玄関先に立ちつくしていては身体が冷えてしまう。 
沖田が千鶴の手を半ば強引に引いて、どこかに連れて行こうとする。 



「あ、あの……」 
「……何?」 
「どうして沖田先輩の家にいくんですか…?」 




眉をハの字に寄せ、困惑する千鶴に沖田が目を見開く。 
少しだけ、困り切ったような面倒そうな顔をして……やがて口元を持ち上げて笑った。 




「……さぁ?何でだろうね」 





疑問のようにも聞こえるが、語尾の音から沖田が本当に千鶴に尋ねている 
訳では無いことが分かる。 
ただ、こうしている間も足は沖田先輩の家へと向かっている。 




「大丈夫だよ、千鶴ちゃん」 
「……な、何がですか?」 
「僕んち、親居ないし。知ってるでしょ?」 





………沖田先輩が一人暮らしなのは知っているけど…… 
……それがなんで大丈夫なんだろう…? 






なんだか嫌な予感がしないでもないが、すでに遅い。 
手首を沖田に掴まれて、動けない。 




「あの……」 
「ねぇ」 




再び食い下がろうとするが、沖田に遮られる。 
こちらに向き直っている沖田の顔をみると、なんともいえない表情を浮かべていた。 




「ねぇ、本当にわからないの?」 
「え」 
「僕が千鶴ちゃんを家に連れ込む時なんて、一つじゃない」 
「………」 




こうして沖田先輩に言葉で諭されて分かった。 


これから“何”をするつもりなのか、という事に気付いてしまうとひどく恥ずかしい。 
顔に熱が一気に集まっていく。 




「本当に分かってなかったんだね…」 
「……すいません」 



素直に謝ると、「まぁ、千鶴ちゃんだからしょうがないね」と微妙な事を言われた。 









千鶴の家から少し歩いた所に沖田の家がある。 



この辺ではあまり大きな方ではない、マンションの一つに沖田の部屋がある。 
小さな子供がいる家庭のために、低価格の団地の部屋も貸し出されているが、 
遠く離れて暮らしている両親がマンションの方を借りてくれたらしい。 


そこは学生が一人で暮らすには十分すぎる程で。 



「さぁ、千鶴ちゃん入って」 
「………」 



“あれ”を自覚してしまった以上、なかなか積極的になれない。 
というか恥ずかしさから沖田先輩の顔さえ満足に見れない。 




真っ赤に顔を染めて伏せる千鶴。 
動けない千鶴にため息をついた後…… 




「……お姫さまみたいに運んでほしいの?」 
「……え」 
「いいよ、千鶴ちゃんなら」 




そう言ってにっこりと微笑むと、足下がふわりと浮き上がる。 
膝の裏に手を差し入れられ、抱きかかえられる。 


こんな恥ずかしい事をされると、普段なら必死に抵抗する所なのだが、 
格好が格好なだけに……身動きがとれない。 






「……本当にお姫さまみたいだ」 




顔をあげるとそこには意地悪そうな沖田先輩の顔。 




「じゃあ、覚悟をきめてね?」 
「………」 




この雰囲気といい、沖田の表情といい…… 
頷くしか方法が無かった。 




このあと、千鶴がどうなったかは言わずもがな、だろう。 


「正月だから」という沖田の理不尽な言い分により、千鶴にとっては 
忘れられない日になったということである。 





Fin..... 

明けまして、のssですね^^ 

リクエストを頂いた時は『裏有り』とのことだったんですが 
実は年賀企画で裏を見ることが出来ない……… 
という方がいらっしゃいまして。 


沖田×千鶴の裏はまた今度の機会に! 

………希望者がいらっしゃればですけどいませんかいますよね← 




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