飾り付けて 


『振り袖、春。』の続編となります。

尚、裏作品となる予定ですのでお気を付け下さい。













それから、有無を言わせず連れ込まれた沖田の部屋は、しん、と静まりかえっていた。





沖田本人以外に使われていないその部屋は、年頃の男子としては意外な程片づいている。
あまりに綺麗すぎて、すこしばかり不自然ではないのか、と思わせるほどだ。
もともと物が少ないのだろう。
家具も、ベッド、ソファー、テレビ……とにかく数えられるほどしかない。





俗に『お姫様だっこ』と言われる姿勢のまま、千鶴は沖田に運ばれる。
千鶴を腕から下ろすことなく、下駄を脱がせてソファーに座らせた。




千鶴の体重に合わせてわずかに沈むソファーは、ふかふかととても座り心地が良く……
ほのかに、沖田の香りが部屋を舞った。




すん、と息をすうと感じる、決して甘くはないけれど……安心できるような、優しい香り。
どんな香水なのだろうか、感じたことのない香り。





ひょっとすると、香水などではないのかもしれない。
沖田の生まれ持った香りではないだろうか。






「……何、僕の匂いがするの?」





無意識のうちに鼻をすませていた千鶴に、沖田が笑いかける。
そういう沖田はとても嬉しそうだ。




改めて本人から言われると……何だか気恥ずかしく、思わず千鶴は顔を背けてしまう。






「……い、いえ!あの……」





なんとか、違う、とごまかしたい所なのだが、こういう時に限って何も言い訳が
思いつかない。必死に言葉を探して千鶴は黙り込んでしまう。




そんな千鶴を分かっていてのことだろう、沖田は口も挟まずに千鶴の次の言葉を
待っている。




ちら、と見た沖田の顔は実に愉快そうに緩められていたから、確実に面白がっての
ことだろうが……





「……ごめんなさい」




ついに弄ぶような沈黙に耐えられず、千鶴が頭を下げた。
それを見、いままで微笑むだけで何も言わなかった沖田が、小さく笑い出した。





くっくっく、と笑いを堪え切れていない様子から、よほど千鶴の態度が面白かった
らしい。


口に手を当てて、いつまでも笑いの納まらない沖田に、千鶴がぷぅ、と
頬を膨らませる。





「……そんなに笑わなくても…」




拗ねたような口調の千鶴に気づき、沖田が無理矢理に笑いを押し込める。
それでも肩が小刻みに揺れているのだから、しょうがない。




丸めていた背中をす、と伸ばし、


「…何で謝るかがわかんないなぁ」




沖田が再び深い笑みを浮かべ、軽く首を傾ける。
その仕草はまるで千鶴に甘えているようであり。




「素直に僕の匂いがする、って認めればいいのに」
「……う」




さわやかにいってのける沖田に対して、千鶴が短く唸る。






いつだってそうなのだ。







当然、沖田の部屋に招かれるのは、千鶴にとって初めてのことではない。
以前から何度となく訪れている訳なのだから、多少の余裕くらいは出てきている
はずだ。



………しかしながら、この部屋で話すことといい、為されることといい…




常に千鶴は沖田に押され気味だ。



そのことが嫌なわけでは無いのだが、いつも沖田に上手を取られ続けて
いるのは、千鶴としては何となく悔しい。





千鶴はき、と睨み付けるように沖田に目をやり……




「でも……だからって、笑いすぎです」





少し、語気を強めて言う。
あんまりからかうと私だって怒りますよ、という意味を含めての行為だ。
甘く見ていては、痛い目あいますよ、と。




しかし。


千鶴の思いとは反し、沖田はにんまりと笑みを浮かべた。
その意地悪そうにも見える笑みに、思わず千鶴が後ずさりする。




「……どうしたの?千鶴ちゃん。いつになく強気なんじゃない?」
「い、いえ…」





沖田を少しだけ見返してやろうと考えた自分を後悔する。
この、つかみ所のない、いわば弱点など持たない沖田に、千鶴が勝てるはずが
無かったのだ。




しかしながら。




今になって悔いても既に遅い。




後ずさる千鶴に対して、その分、沖田が迫る。


身体をすり寄せるように近づいてくる沖田は、さながら猫のようだ。
だんだんと距離を詰めてくる沖田の顔は、心底この状況を楽しんでいる。




このままでは、何だか悪い予感しかしない。
本能と、いままでの経験から、千鶴がそう判断する。



はやく、この場をやり過ごさなければならない。




「あ、の」




千鶴がなんとか弁解しようと声を張り上げる。
が、同時に沖田の手が千鶴を軽く押した。




不安定な姿勢を保っていた千鶴は、肩を後ろに押され、何の抵抗もなく仰向けに
なってしまう。


すかさず、沖田がその上に覆い被さった。
顔のよこに手を付かれ、逃れることは叶わない。




「……沖田先輩…」




いきなりの事態に、狼狽して千鶴が沖田の名を呼ぶ。
しかし、その言葉を沖田は待たずに塞いだ。




優しく、優しく。
まるで赤子にでも触れるかのような口付け。


ふれあう唇に、籠もったような熱が生まれる。
わずかに首を傾ける沖田の長いまつげを見つめて、目が離せない。




その口付けに、いつもの激しさはない。
しかし、まるで……神聖な儀式のよう。




しばらくたった後、ふ、と沖田が身を引いた。



柔らかいソファーの上では、沖田が身動きをするたびにソファーが揺れる。




その揺れでさえ、男である沖田と女の千鶴の違いを際だたせているようで、
なんとも艶めかしい。





「……なんだか…違うね」
「……え?」





沖田が、千鶴の髪に添えられた花の髪飾りに手を伸ばす。
静かに花の根本を探り当て……




千鶴があんなに苦労してつけた髪飾りを、器用にぱちん、と取り外した。




「千鶴ちゃん、凄く綺麗だよ」
「……!」



囁くように潜められた優しい声音に心臓が大きく跳ねる。
沖田が一度引いた身を再び寄せる。

「本当……お姫様みたいだ」




優しい口調ながらも、沖田の瞳の奥には静かに燃える炎が見える。
猫のように、飄々としてつかみ所のない、この男に宿る情熱。






爛々と輝いて見えるその眼から、千鶴は目が離せないのだ。


















中途半端で申し訳ないです^^;
続きます……


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