風邪の熱(三) 



頭が熱く熱を持っている。 
普段のそれより、重さが増したようでぐらぐらと不安定で、目の前の床に倒れ込んでしまいそうに 
なる。 


風邪が吹いているのか、壁側の襖がかたかたと揺れているようだ。 
小さな、気にもとまらないはずの音が、頭のなかでやけに大きく響く。 
すごく、うるさい。 



どうしてこんなにも身体が気だるく、頭が重いのだろう。 
なのに、なぜ自分は走っているのだろう。 



思考の端で、聞き慣れている落ち着いた声がする。 


………そうだ、さっきまで斎藤さんがそばに居た気がする。 
ひどく驚いて目を見開いていた。 


理由は分からないけど、もしかしたら私がまた迷惑をかけてしまったのかもしれない。 
斎藤さんは優しいから――…… 





そう思った瞬間。 
急に頭を鈍器で殴られたような衝撃が走る。 




「……っ、……づる?!」 



遠い所から何かを呼んでいるような気がする。 
何と言われているか、聞き取れない。 



「千鶴?!……大丈夫か?!」 

あぁ、私の名前だ。 
ただ、それ以上は熱で緩んだ頭では考えようとも、頭が上手く回らない。 




「お前なんで走ってるんだ……?まだ顔赤いじゃん!」 



そこで、千鶴が床に倒れ込まないように、と自身に回された腕に気がつく。 
どうやら、勢いのままに走っていた私は誰かにぶつかってしまったらしい。 



「絶対寝てたほうがいいって!」 



今更、千鶴の目の前にいる人物に思い当たる。 
この、親しみやすくよく通る声は。 




「へ、平助…くん?」 
「ど、どうした?」 



改めて千鶴に名前を呼ばれ、平助が大きく肩をゆらした。 
どこか鼻声の千鶴に、思わずどきり、と心臓が跳ねる。 





―――……いつもに比べ、明らかに熱をもっていて赤く染まっている頬。 
濡れた瞳の光はどこか弱々しくて。 


体調が良くないことは、誰の目にも明らかである。 
しかし、そんな普段とは違う千鶴は…… 

「……っ!」 



ひどく、落ち着かない。 




「……お前、絶対寝てた方がいいよ……」 



触れている千鶴の細い腕が燃えるように熱いのだ。 
柔らかく、小さくて華奢な………思わず変な気を起こしそうになってしまう。 



……って、何を考えてんの俺! 






……とにかく、速く千鶴をどうにかしなければ。 
こんな状態の千鶴を他の男に見せる訳にはいかない。 




「特に総司には……」 
「……?」 
「いや、なんでもない」 



朦朧としながらも小首を傾げる千鶴に、慌てて首を左右に振ってみせる。 


本当に総司に見つかってしまえば、一大事だ。 
千鶴の事を玩具と称し、普段からかまい倒しているあの男にとっては今の千鶴 
など格好の獲物に違いない。 



………それに、総司の千鶴に対する執着心は尋常ではない。 

本人が『悪戯』と呼ぶ千鶴への行為は、明らかに度を過ぎているとしか思えないのだ。 





言い訳がましく自分の中で言葉を繰り返す。情けないけど、そうでもしないと 
千鶴を直視出来ない。 


正直な所、この体勢は平助の方が辛い物がある。 



「……っ、ほら、部屋まで連れてってやるからさ!」 



努めて明るく声を出す。 
普段通りに、普段通りに。 




そんな平助の心情を知って知らずか、緩い動作ながらも千鶴がゆっくりと頷いた。 
千鶴の反応を確認し、平助がほっと胸をなで下ろす。 



千鶴の様子を見る限り、とてもじゃないが一人では歩くことさえままならないだろう。 
そう思い、気恥ずかしい想いを押し殺し、千鶴にそっと手をさしのべ、 


「……千鶴、捕まれよ」 


と、言った。 



平助としては『てのひら』を差し出したつもりだったのだが、 

熱で頭がのぼせてしまっている千鶴には、そんな言葉の意味など届かなかったようで。 



小さく千鶴は頷いて、平助にさらに寄りかかるように身体を寄らせ―――…… 



「……っ!?」 




抱き枕を抱くかのように、しっかりと平助の腕にしがみついた。 



先程まで感じざるおえなかった少女の熱が、より近くなる。 
『しがみついた』という言葉通りに、そんなに身体を押しつけられては…… 




………これは、やばい。 
かなり、やばい。 




平助の顔が、一気に赤く染まる。 
暗闇の中でもわかるほどのその頬は、千鶴のそれに負けじと赤くなる一方。 


千鶴の部屋に向かおうと歩みを進めようとすれば、千鶴が身体をかすかによじる。 



決して千鶴は意図しての動きではないのだということは分かる。 
薄い寝間着はもともと動くことを想定した衣ではないため、女である千鶴に 
とっては、動きにくいことはことさらなのだろう。 




……しかし。 
そのたびに………なんというか、身体の線が……分かってしまうと言うか…… 




最早、どうしていいか分からなくなってきた。 
ぐるぐると思考は堂々巡り。 




特に、へ、変な意味じゃないんだけど……手の…位置が…… 
……ってだから何考えてんだよ俺! 




平助が思わず千鶴から距離をとろうとわずかに身体をずらす。 


しかし、千鶴は平助の腕をしっかりと抱き込んでいて、離す様子はない。 



それに、千鶴の顔を覗き込んで見れば。 

……どこか安心したように頬を緩ませて居る。いつも見せてくれるものと何も 
変わらない、そんな可愛らしい笑顔うかべている。 






きっと、千鶴も風邪を引いていて人肌が恋しいのだろう。 
普段は全く人に甘えるという事をしない彼女に、こんな時くらい頼ってほしい。 
平助自身がそう思うことは確かであり。 





……だから、この千鶴の行動は仕方ないものなのであって、特に意味なんか無いはず! 





そう強く思っても、なぜだか背筋に電流が走るのが止まらない。 
身体の感覚がどんどん研ぎ澄まされていくようだ。 




……する、 



また、衣擦れの音が聞こえ、千鶴が身体を捩った。 
精一杯の所で耐えていた平助は、もう限界であり。 




「……っ!…悪い、千鶴!」 

もう夜が更けているというのに、声を張り上げて平助が謝る。 

そして、即座に身体の向きをかえ半ば力任せに千鶴を引きはがす。 
あんなにしがみついていると思っていた千鶴は、力を込めればいとも簡単に平助から離れる。 




「本当にごめん!」 
それだけを言い残し、平助は一目散に逃げ出した。 






「……ど、どういう…こ、と?」 





だんだんと意識の冴えてきた千鶴は、一人、廊下に取り残されるはめになった訳である。 






勿論、なぜ平助があんなに慌てて逃げ出したかということなど当の千鶴には 
わかるはずもなく。 

いままで近くに居た人のいきなりの逃亡にどうしていいか分からず、立ちつくしていると。 





「やっぱり、まだまだ子供だよね平助くんは」 



ふふ、と笑いを含んだ声が聞こえ、まだ思い通りに動かない千鶴の身体が背後からの 
ぬくもりに包まれる。 


抱きしめられている、と気付くまでにそう時間はかからなかった。 


力強いようで、優しく千鶴を気遣って力の緩められた腕には覚えがあった。 
変な意味ではなく、抱きしめられ慣れているこの腕は。 




「千鶴ちゃん、風邪なのに出歩いてどうするのさ」 
「沖…田さん…?」 
「そう。速く部屋に戻ろうか」 





この場に不似合いなほどのさわやかな笑顔を浮かべ、沖田がそう促す。 



確かに、身体は気だるく、熱く重い。 

どうやって部屋からでてきたのか自分でも分からないが、寝て休んだ方がいいだろうし、 
できることなら私もそうしたい。 




はい、と沖田に頷くと、 
「……良い子だね」 
と頭を優しく撫でられた。 








そういって、沖田が向かおうとしている部屋は千鶴のものではなく、沖田自身の 
部屋であると言うことに、気の緩んだ千鶴は気がつくことができなかった。 










Fin..... 


平助難。 

なんかこういうのは書きづらいですよね笑 

さぁ、次は皆さんお楽しみのあの人ですね!(興奮 
いつになるかは不明ですが←



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