誓いの契り 








ひたすらに人間を斬り伏せて。


殺人狂になることこそなかったが、幾多もの屍を越えてきた。
俺に斬られて無念にも志の前に散っていった者たちには、
妻子や愛するものが居ただろうか。帰るべき場所は。
きっと、いたはず。在ったはず。




そんな想いの上に俺は立ってきた。
踏みにじって、己の信じるもののために這い上がった。
潔く戦いのなかで生涯を終えることこそ、男の誇りであり、気高い侍の姿だと信じて。









そんな俺に、こんな幸せは許されるのだろうか。
勿論、過去を後悔などしていない。
この溢れてしまいそうなほどの幸せを心のどこかで待ち望んでいたのかもしれない。



愛するものとの生活がこんなにも満ち足りていて、幸福なものだと知らなかった。







千鶴、お前も幸せだと思ってくれるか?









斗南へと身を寄せて、もう半年がたった。

冬の寒さは口では言い表せないほどの極寒の地だが、住み慣れてしまえば
なかなかに良い場所だ。
住めば都、とはよく言ったものだ。



村人の数も多くもなく、少なくもなく。
皆、気の良い者たちばかりである。



事情により身元を明せない斎藤と千鶴を、何の疑いも持たずに迎え入れてくれた。


この土地で、残りの生涯を静かに過ごせていけたらどんなに幸せだろう。









がらがら、と扉が開く音と共に、愛しい人のただいま、と言う声が聞こえた。
弾むような心持ちで、玄関へと急ぐ。




「おかえりなさい!一さん」
「…あぁ、ただいま」


雪がうっすら積もってしまっているコートを一から受け取ろうと、千鶴が手を伸ばす。
しかし、一はコートを脱ごうとしない。



「……?どうしたんですか?」



不思議に思い、一の顔を見上げると。
どこか緊張しているような、わずかに強張った顔で千鶴を見つめていた。



「……一さん?」



千鶴が眉をひそめ、小首を傾げると、


「……いや、何でも、ない」




そう言って一は目を宙に泳がせるが…。
明らかに不自然である。
しかし、一が「何でもない」と言うのだから、これ以上問うこともできない。



隠し事をされているようですこし、いや、かなり寂しい。




「……そう、ですか……」






この時の千鶴には、一が何を考えているかなど分かるはずもない。











「一さん、ご飯のおかわりいかがですか?」
「……いや、いい」
「今日の漬け物、橋のそばにあるお宅の奥様から頂いたんですよ」
「……そうか」


賢明に千鶴が話しかけても、当の一はというと上の空。

箸が完全に止まっているので、食事をしているのかさえ怪しい。
さすがにここまでいくと不安になってしまう。




「……あの、一さん……」
「………。」
「……一さん?」
「……お前は」



ずっと瞳に何も映さずに考え込んで居た一が、意を決したように顔を上げた。
その顔は先程も見た、緊張したような面持ちで。




「え?」
「……お前は、今の生活に満足しているか?」





………どういうことなのだろう。




単純にこの土地が好きかという意味なのならば、




「……はい!近所の皆さんもとても親切にしてくれますし…」
「……そうか」





一がほんの少しだけ、ほっとしたように頬を緩ませた。
しかし、まだ何か言いたげな瞳で千鶴を見つめる。





「……では、俺との生活は」



そう言って、一の顔つきの真剣さが増す。


こちらが本当に一が聞きたかった事なのだろう。
漆黒の瞳の奥で、不安そうな光が揺れた。
まだ親しいとはとても言えなかった出会ったばかりの頃は、こんな表情を
見ることはできなかった。





それが、今は違う。
心を許してくれている。愛してくれている。
そのことが千鶴にとっては、ひどく嬉しい。






「………そんなの、聞くまでもないでしょう?」
「………。」
「…とても、幸せ、です」





千鶴が優しく包み込むような笑みを浮かべる。
冬の雪の下から覗く、強く慎ましい華のような。







「………千鶴……籍を入れないか」
「……え?」
「……俺と、婚姻を……結んで欲しい」





いきなりの告白の言葉と、真剣でいて、わずかに思い詰めたような一の視線に
息がつまってしまう。




いまでも、言い表せないくらい幸せなのに。
胸に込み上げる思いから、目尻に熱が灯る。




これ以上、


「…必ず、千鶴を幸せにすると約束する。……必ず。」
「……っ、はい…!」





やっと口をついて出てきた返事と共に、涙が頬を伝って床へと落ちる。
いままで、苦しかった、悲しかった、………もどかしかった。


様々な涙を流したけれど、こんなに暖かい涙は初めてだ。




そっと回された一の腕と、頭を撫でてくれた優しい手のひらが
ひどく愛おしい、と感じた。









Fin.....




まだ結婚してなかったんかい!っていうね。

なかなか告白出来ない斎藤さん萌え。
それに気づかない千鶴ちゃん萌え。

この夫婦   可   愛   す   ぎ   る  w


自分でつくっといたシリアスな雰囲気を後書きでぶちこわすのが好きな管理人ってどうよ


inserted by FC2 system