お前の方が、可愛い 




「・・・・ごめんね?平助くん」
「・・・・・・男に向かってそういうこと言うなよ・・・」


暖かい風がゆっくりと渦巻く春。
新しい命が次々と宿る、この季節に縁側でくつろぐのは最高に幸せで。
しかも、となりのは愛しい貴方が座っている。
雪解け水と共にどこかに幸せがあふれていってしまいそうで・・・・

春の大気をぽかぽかと、こころ心地よく感じるのは人間だけではないらしい。
庭には子猫が一匹、先ほどの光景に取り残されてにゃあ、と鳴いた。


「・・・・・・・ご、ごめんね?平助くん」

すっかり拗ねて部屋に閉じこもってしまった背中におずおずと話しかける。
平助は返事をするでもなく、振り返ろうとしない。
さっきまで2人で仲良く、縁側に腰を下ろしていたというのに。

「・・・・そんなに嫌だった?」
「あたりまえだろ」

平助の機嫌を伺うように尋ねてみるが、即座に低く声が返ってくる。
こちらをふと、振り向いたその顔はあからさまに不機嫌そうに歪められている。

「・・・・・・・だって、思っちゃったんだもん・・・」
「・・・・だからって、男に向かって『かわいい』とかいうなよ!」


そう。
なぜ、平助が機嫌を損ねたかというと、すべては千鶴の発言が原因なのである。

日向ぼっこをのんびりと楽しんでいた2人の元へ一匹の子猫が近づいてきて。
平助が、あまりの可愛らしさに思わず手を伸ばして膝に乗せて。
眩しそうに細められた子猫を見つめる笑顔があまりにも、
・・・・・・・可愛かったから。

思わず、「・・・・平助くん、かわいい」と呟いてしまったのだ。

「・・・・・別に悪い意味じゃないんだよ?」
「・・・・・・それはわかってるけどさぁ」

眉を寄せて泣きそうな表情になっている千鶴を見て、平助が気まずそうに言葉を
詰まらせる。
夫婦となって暮らし始めた今でも千鶴のすぐ泣く癖は直る気配がない。

近づきたくとも近づけずに、うずうずしているのが分かる千鶴に小さくため息をつく。

・・・・そんな態度を取られると、もう怒れなくなるじゃんか・・・・

結局、平助は千鶴に弱いのだろう。
平助は負けたように千鶴を手招きした。

その行為に千鶴がぱぁっと満面の笑みを浮かべたのが雰囲気で分かる。
素直で、泣き虫で、真面目なところもあって・・・・
・・・俺よりか、よっぽど千鶴の方が可愛いと思う。

「・・・・・ごめんなさい、平助くん」
「もういいよ」
「・・・・本当に?」
「ああ。・・・・けど、次言うのは無しな」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・わかった」

ただ返事をするだけにしては長すぎる時間のあと小さく了解が聞こえた。

・・・・千鶴、なんで返事しながら目をそらすんだ。


「・・・・千鶴が悪い意味で言った訳じゃないのはわかるよ」
「・・・・・じゃあどうして怒ったの?」
「・・・・・・・、男としてかわいいっていわれるのはなぁ・・・なんつーか」

平助がなんだか急に照れくさそうにがしがしと頭をかく。
その頬がかすかに赤く染まっている。

「・・・・・千鶴には男らしいとか、格好いいとかって思われたいっていうか」
「・・・・平助くん?」
「つーか、俺より千鶴の方が全然可愛い・・・・・と、思う」

視線をわざとそらし、だんだんと声が小さくなっていく平助に比例するように
千鶴の顔も朱に染まっていく。
千鶴が何か言いたそうに口を開きかけ、けれど何も言えずにうつむいて
もごもごと口を動かしている。

「・・・・・・いい、よ」
顔を赤く染めて呟く千鶴の声は、小さすぎてよく聞き取れない。

「ごめん、千鶴、何て?」
「・・・・・平助くんは、・・・十分、格好いい、よ・・・」



ほら、な。
そういう可愛いこと言うから。

お前が好きなんだよ。



庭に取り残されてしまった小さな子猫がにゃあ、と鳴いた。






Fin.....





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