幸せな日々を 








日本を離れ、安定した生活を手に入れるための土地を目指し。
昔から心のどこかで望んでいたけれど、諦めていた暖かい所帯。




きっと、人に刃を向けすぎた俺は、そんなものを感じることなく生涯を終えるのだろうと
思っていた。



明らかに殺意をもった人間と向き合い。


………勝って、男として、武士として生きていくことにも憧れた。
戦いの中で誇りを胸に持ったまま、散ることが出来たらどんなに本望だろう。




本当に心から信頼出来る友に背中を預け、ただひたすらに刃を奮う。
……男として、新選組十番組隊長、原田左之助が確かに願ったこと。





俺は、あの時、二つの思いをはかりにかけた。






どちらの思いも捨てがたく、俺にとっては二つとも大事な物だった。
重くて、重くて……けれど、選べるのは、一つのみ。



しかし。
自分自身でもすごく意外だった。
決断に時間こそかかったが、当たり前のように、俺は一つを選び取った。
それは、あたたかい存在。





どんなに考えても、悩んでも……。
最初から自分自身がどちらをとるかなど、分かっていたのだ。




俺は日だまりを捨てられなかった。
あの、優しく、居心地の良い日だまりをどうしても捨てられなかった。
………そして、あの日だまりを俺の手で守ってやりたかった。
どうしても。








……なぁ、千鶴。
















中庭で洗濯物を干していた千鶴が手を止める。
かつて屯所で新選組隊士のほぼ全員分の洗い物を、たった一人で回していた
千鶴にとって、二人分の洗い物など……洗うにしろ、干すにしろ、容易いことだ。




現に、ついさきほど始めたばかりの作業もほとんど終わりかけていた。





「………左之助さん?」



そんな様子を縁側に座り込んで眺めていた左之助に、千鶴が声をかける。



…………だが、左之助の返答がない。



「……?……さのすけさーん」



不思議に思い、再度呼びかける。

一度目より声を大にしてみるが、相変わらず返答は無い。
……左之助は千鶴のほうを眺めているようにみえるのだが。



このままでは埒があかない、そう思い、手に持っていた洗濯物をすばやく干すと、
左之助のそばへと近づいた。


日当たりのいい物乾し場とは違って、縁側の日陰はひんやりとしていた。
肌にしっとりと馴染むような冷たさは……日の光とはまた別の心地よさがある。


近寄っても尚、反応の無い左之助の顔を覗き込むように話しかけた。



「左之助さん?」
「………お、おおっ?!」



突然近くに現れた千鶴に、左之助が大きくたじろく。
普段落ち着き払っているように見える……左之助が目を瞬いている姿など、そう滅多に
見られるものではない。


その様子がおかしくて、つい、笑みが漏れる。
左之助の隣に回り込み、ちょこん、と千鶴も縁側に座り込んだ。



「………どうしたんだ?」



そう尋ねる左之助の声は既に落ち着きを取り戻しており。
普段通りの優しく艶っぽい声が耳に心地よく響く。



「……左之助さん、さっき私のこと呼びませんでしたか?」
「……千鶴をか?」



心当たりが無い、と言いたげに左之助が聞き返す。
千鶴が小首を傾げて左之助を見つめるが、左之助も目を細めるだけだ。
どうやら本当に呼んだ覚えがないらしい。



千鶴の空耳なのだろうか。



「『……なぁ、千鶴』って呼びませんでしたか?」



困ったように千鶴が左之助に尋ねる。

千鶴は確かに聞いた、と思っており、譲る気配がない。

ただ、左之助にも心当たりが無い以上―……



……いや、違う。
言ったかもしれねぇ。







「……俺、千鶴を呼んでたか?」
「はい」



左之助が緩く口元に弧を描き、頭をがじがしと掻く。
苦笑のようにも見える笑みを浮かべ、



「……考え事が口に出てたのかもしんねぇな」
「考え事……ですか?」



千鶴に伝わるように暗に説明を含めたつもりだったのだが、千鶴は小首を傾げる。
やはり、千鶴には屈折した表現は伝わらないらしい。

左之助は愛おしそうに目を細め、



「千鶴の事を考えてたんだよ」
「……そ、そうなんですか……」



わざとからかいの色が出るように囁いてやると、思った通り、千鶴はうつむいて顔をそらした。そのわずかに窺える頬が赤い。

こんな初心な反応を見ると、つい、からかいたくなる。
左之助は微笑し、



「千鶴、こっち来いよ」



そう言って、座り直す。

組み直した膝をぽんぽん、と優しく叩いている左之助。

そんな左之助を不思議そうに千鶴が見つめ……
あ、と何かに気付いたのか、更に顔を伏せた。



「……え、遠慮しておきます…」



顔を茹で蛸のように真っ赤に染め、左之助から一歩、二歩、と後ずさる。


こうして二人で暮らし始めてからというもの、左之助はときどき思い出したように
千鶴を膝に乗せようとするようになった。
日本を発つ前は、抱きしめるという接触こそ多くあれど、そんな行為をすることなど
一度もなかった。



まるで子供扱いされているようで、千鶴としては恥ずかしいことこの上ないのだが、
嫌、とはっきり断ることも出来ない。




なかなか左之助との距離を保ったまま、近寄ろうとしない千鶴に左之助が目を細める。



「なんだよ……いつもは素直に座るじゃねぇか」
「す、素直に座った事なんてないですっ」



焦ったような返事のあと、千鶴が頬を大きく膨らませ、そっぽを向く。

何でも左之助のやり方に乗せられていては、千鶴としても少々面白くないというものだ。




がんとして、千鶴は左之助と目を合わせようとしない。
そんな千鶴の仕草に、しょうがねぇなぁ、と左之助が小さく呟いた。



「……平和だからこそできるってのになぁ」



少し憂いを帯びたような左之助の声音に、千鶴が思わずわずかに視線を動かす。
しかし、目が合うまでには至らない。



左之助も千鶴の行動を読んでいたのか、その場から素早く立ち上がった。




大股に、千鶴との短くも微妙な距離を一気に詰める。
何の前触れもない、左之助の動きに千鶴は反応出来なかったのだろう。

千鶴が気付いた頃には、既に唇に触れていた左之助が遠ざかった後だった。





「……俺のそばに居てくれて……ありがとな」





かすかに揺れている左之助の瞳に、千鶴が思わず魅入る。
左之助のゆるめられ、下がった目尻がなんとも艶っぽい。




抱きしめられた腕の力強さには、あらがえない。



離してくれる気配のない愛しい人に、千鶴も思わず微笑した。






Fin.....




なかなか更新できずにすみませんでした^^;;

原田さんの更新率がだんだん上がっている気がするこのごろ。





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