ようこそ!薄桜学園☆(三) 






午後の授業をすべて終え、下校の時間になると 生徒達は今日一日の仕事を終えたことに
対する満足そうな顔をしながら家路につく。



しかし、それは部活動に所属していない生徒達。
その囲いから惜しくも漏れてしまう生徒達にとっては、今からが本当の労働のような
ものである。



なかなかに部活動が盛んな薄桜学園では、毎日練習に明け暮れる生徒達ばかりであり。

勿論、本学園の名物とも言える剣道部も例外ではない。









「あれ、平助と千鶴ちゃんは?」



すっかり道着に身をつつんだ沖田が武道場内をきょろきょろと見回す。
練習開始時刻までにはあと多少なりと時間がある。


それでも定時刻より早くに居るはずの後輩二人の姿がないことは至極珍しい。




……宿題をやってきて無くて、居残り、とか?
いや、あのしっかり者の千鶴ちゃんに限ってそれはない。



自分より他人を優先する子だから、もし居残らなければならなくなったとしても
マネージャーの役目を果たすために一度顔を見せに来るはずだ。



沖田と同じく、いや、沖田よりも早く武道場に姿を見せていた斎藤が、思索を続ける
沖田に口を挟んだ。





「………平助と千鶴なら、朝の遅刻の件で呼び出されている」
「あ、そうなんだ」


二人の不在に納得がいったのか、沖田がぽん、と手を叩く。
そんな沖田の様子には目もくれずに、斎藤は黙々と素振りを続けた。




沖田にとっては遅刻など毎日の日課のようなものだが、あの二人は違う。
平助のみならいざ知らず、千鶴と二人で毎朝登校しているので
遅刻などするはずもないのだ。



「…………健気で可愛いなぁ、千鶴ちゃん」




寝起きのあまりよろしくない平助をぎりぎりまで待ち続け、挙げ句には自分自身も
遅刻してしまう。
そんな彼女の素直さと生真面目さに思いを馳せて、思わず笑みが漏れる。



………その対象が平助であることが非常に腹立たしいけれども。



千鶴が平助をとても信頼していることは知っている。
しかし、それは幼い頃から一緒に居るという安心感から来ているものだと
いうことも知っていた。






そして、そんな千鶴に平助は自分の想いを告げられないでいることも。







平助が想いを伝える覚悟を決めるのも、そう遠くない未来だろうと思う。
ただ、沖田とてそんな時が訪れるまで待ってやるつもりなど、ない。







想いを寄せる相手を自分以外の男に横取り、なんてされて堪るか。
それは沖田も平助も同じ事である。







しかも、残酷なことに千鶴を愛しく想うのはたった二人であるはずがないのだ。






証拠に、千鶴のことを「可愛い」と呟く沖田に斎藤の鋭い視線が突き刺さる。


怪訝な表情で目を細める斎藤をあえて煽るように、にこにこと沖田が見返す。




「何か言いたそうだね、一君」
「………そういうことは人前で言うな」



…一君の言いたいのはそれじゃないでしょ?




「……じゃあ、千鶴ちゃんと二人きりの時だったら良いって事?」
「………そういう意味じゃない」



そういって斎藤が目を反らす。

本人は隠しているつもりなのか、無自覚なのか。





「ていうかさ、遅刻だったら一君がなんとかしてあげればいいじゃない」



あ、と名案を思いついたように言う沖田に、風紀委員長であり、剣道部の部長である
斎藤が目を丸くする。




「………不正をしてどうする」
「千鶴ちゃんを助けてあげるんだよ」
「駄目だ」




断るだろうということは予想していたが、あまりの即答に今度は沖田が目を丸くする。




「なんで――?一君は千鶴ちゃんが嫌いなの?」
「そ、そうは言ってない!」





明らかにからかう気満々の沖田の問いかけに、生真面目にも斎藤が狼狽する。
焦りながらも、もごもごと何かを言い続ける。




「………二人の担任は土方さんだ。嘘などつける訳が無いだろう…」



予想外の、いや、予想通りの言葉に沖田が深くため息をついた。
正直、なんであの人をそこまで美化できるか分からない。むしろ教えて欲しいくらいだ。


しかし、それを斎藤に言ったところで、意見の食い違いから衝突するだけだろう。




「…僕の場合、土方さんだからこそ嘘をつくべきだと思うけどね」



半ば諦めに近い表情を浮かべながら沖田が吐き捨てるように言った。





いつのまにか決して少なくない部員が集まってきており、
時計を見れば練習開始時刻が着々と迫ってきていた。





華がいないなんてやる気半減だね、とあながち嘘でもなさそうに呟く沖田を横目で
眺めつつ、斎藤が騒ぐ部員達に集合の号令をかける。








そして、一年二人が居ないことを除いては、剣道部の練習はいつも通りに開始された。





Fin.....





inserted by FC2 system